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荒野での誘惑

2024年2月18日 四旬節第一主日

マルコによる福音書1章9~15節


福音書  マルコ 1: 9~15 (新61)

9そのころ、イエスはガリラヤのナザレから来て、ヨルダン川でヨハネから洗礼を受けられた。 10水の中から上がるとすぐ、天が裂けて“霊”が鳩のように御自分に降って来るのを、御覧になった。 11すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者」という声が、天から聞こえた。

12それから、“霊”はイエスを荒れ野に送り出した。 13イエスは四十日間そこにとどまり、サタンから誘惑を受けられた。その間、野獣と一緒におられたが、天使たちが仕えていた。

14ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、 15「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言われた。


四旬節が始まりました。イースターに向けて、イエス様のご受難を覚える期間をこれから過ごしていきます。四旬節はまた、洗礼準備の期間でありました。昔むかしの教会では、洗礼式は年に一度、イースターにだけ行われるものでした。ですから四旬節のこの期間、洗礼を志願する人たちは最後の準備として断食し、徹夜の祈りを捧げました。やがて生後すぐの洗礼が一般的になるとこの習慣はすたれましたが、教会は今でもこの時を洗礼準備の期間として意識しています。そういうこともあって、今日の第一の日課と第二の日課にはいずれも水や洗礼を思い起こさせるような箇所が選ばれています。


今日の聖書の物語では、イエス様が洗礼を受けられて、その後荒れ野へ行かれます。これはイエス様ご自身の意志によるものというよりはむしろ「霊」によって送り出されてのことでした。神様のご意思であったのです。イエス様はそこに四十日間とどまり、サタンから誘惑を受けられました。四十、という数字は聖書において「準備の期間」を意味します。出エジプトの時、イスラエルの人々は四十年間荒れ野をさまよいました。ヨナはニネベの人々に四十日以内に改心しなければこの都は滅びると予言しました。


そしてまた四十日間という期間は、モーセとエリヤが神と相対した期間でもありました。モーセはシナイ山に四十日四十夜とどまって律法を授与され、エリヤは四十日四十夜歩き続けた後で神と言葉を交わすことができました。モーセとエリヤは先週のお話にも登場しましたが、彼らは旧約聖書の伝説的英雄、それぞれ律法(モーセ)と預言者(エリヤ)を象徴する人物です。イエス様が彼らと同じように四十日という準備期間を過ごされたということは、そこに神様のご計画があったのだと思わされます。


四十日の間、イエス様はサタンから誘惑を受けます。サタンはイエス様を誘惑するため、神によって遣わされたのです。「サタン」という語は「敵」をあらわし、旧約聖書においては神の選んだ者を試みるために遣わされる天界の一員として描かれています。ヨブ記には「またある日、主の前に神の使いたちが集まり、サタンも来て、主の前に進み出た。主はサタンに言われた。『お前はどこから来た。』『地上を巡回しておりました。ほうぼうを歩きまわっていました』とサタンは答えた。」とあります。地上をパトロールして何事か神様に報告していたのでしょうか。またゼカリヤ書には「主は、主の御使いの前に立つ大祭司ヨシュアと、その右に立って彼を訴えようとしているサタンをわたしに示された。」とあります。サタンは神様や天使たちと同じようなところにいて、人間を訴えようとしています。いずれにせよ、地上を見張るような何らかの役割を神様から与えられているようです。


そんな荒れ野での日々をイエス様は忍耐されます。一人さびしいところで試みを受け、時には飢えて、時には危険を感じる四十日間であったと思います。そしてイエス様は、ようやく人々のいるところに出て行かれます。イエス様の宣教のはじまりです。イエス様はガリラヤへ行き「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」と言って伝道されました。神様の御心に従って荒れ野で四十日間を過ごされた後、ようやく時が満ちたのです。イエス様ははじめから、忍耐と従順の方でした。そしてそれは十字架で死なれるまで変わることがありませんでした。


私たちはこれから四十日間、イースターに向けて準備の期間を過ごします。イエス様が死んで復活されたことをより深く受け止め、信仰を新たにするための準備期間です。そしてまた、忍耐と従順を学ぶための準備期間です。私たちにとってイースターの(特に祝会の)時間が一番楽しいのは言うまでもありませんが、それでも準備の時間は、意味のない時間ではありません。私たちがもっとも神を近くに感じ、もっとも天使たちの助けを受ける期間です。


出エジプトの荒れ野での四十年間、神はイスラエルの民を片時も離れずにおられました。シナイ山での四十日間、神はモーセと共にいてくださいました。エリヤがホレブの山を目指して歩き続けた四十日間、天使たちが来て食べ物を与えてくれました。そしてイエス様が荒れ野で過ごされた四十日間も、神が共におられ、天使たちがイエス様に仕えていました。準備の期間はつらい期間でありながら、あの時神が、天使が、共にいて助けてくださったということを実感できる期間でもあるのです。


四旬節の期間、私たちは自らの罪と向き合います。イエス様が死んでしまうことの悲しみと痛みを味わいます。しかしそんな中にあって、いっそう神様の助けを感じ、いっそう復活を待ち望むようになるのだろうと思います。私たちのこれからの四十日間が聖なるものとされますように、祈りつつ過ごしてまいりましょう。



2月18日 教会の祈り


全能の神様。1月1日に能登半島で大きな地震が発生しました。被害に遭われ、今も不自由な生活を送っておられる方々が、あなたによって守られ、あなたによって慰められますように祈ります。

 

主なる神様。直方教会の役員会を祝福してください。あなたが教会の奉仕のために召し出してくださった役員のみなさんを、いつも励まし助けてください。役員会の働きが御心にかなって行われ、教会に集う喜びを証しするものとなりますように。

 

慈しみの神様。あなたは造られたものを憎まず、悔い改めるすべての者を赦してくださるお方です。私たちのうちに悔い改めの心を起こし、あなたの赦しにあずかることができるようにしてください。

 

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