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真の光(降誕祭)

ヨハネによる福音書1章9節

1:9 その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである。

「私たちの父なる神と主イエス・キリスト(「救い主」という意味の称号)から、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン」

クリスマスおめでとうございます。今日はイエスさまのお誕生日、そのお生まれをお祝いする日です。

今、私たちはロウソクを灯しています。

思えば、私たちはいつも、光に照らされながら生活をしています。昼間には太陽が、夜には月明かりが、部屋の中では電気の光が、私たちを照らします。

真っ暗でも、光を灯せば足元が見え、つまずいて転ぶ心配はありません。夜に、本を読むこともできます。スマホも、画面が光っているので見やすいです。

また、火を起こすと分かるように、光には温度があります。もし地球が厚い雲に覆われてずっと太陽の光が届かなければ、気温は氷点下となり、私たちは凍ってしまい、死んでしまいます。すべてのモノは、いつも光に温めてもらっているのです。

もう一つ。光は、私たちに色を届けてくれるそうです。暗い部屋では、物が白黒に見えます。この世界には赤、青、緑など色々な色があります。光が色を私たちへと届け、景色を楽しませてくれるのです。

聖書には、こう書いてあります。

「真の光があった。すべての人間を照らすものである。それが世に来た」(1:9)。(『新約聖書 訳と註5 ヨハネ福音書』,田川建三著,2013)

イエスさまは「真の光」だと聖書には書かれています。光の中の光、本物の光という意味です。私たちは、イエスさまという光に、いつも照らされているのだというのです。

朝、昼、夜、どこにいても私たちは光に照らされています。光が全く当たらない場所は、洞窟の奥深くや海の底ぐらいです。光から、私たちは隠れることができないのです。

イエスさまは本物の光と言われていますから、たとえ光が届かないどこへ行こうとも、私たちから離れることないのでしょう。

私たちの生活には、暗闇のように、私たちをつまずかせる色々な問題が起こります。毎日、何があるか分かりません。

突然病気になったり、交通事故に遭ったり、地震や津波、大雨や洪水が起こることがあります。家族と喧嘩したり、友だちや知り合いから嫌われることもある。大切な人が死に、別れなければならない時もあります。楽しい、嬉しいことばかりではなく、悲しい、苦しいことが起こります。

でも聖書は、私たちに教えます。

「光は暗闇の中に現れる」(ヨハネ1:5)。(同上訳)

あなたの前に、イエスさまという光が現れる。あなたは独りぼっちのままではなく、真っ暗に思える苦しさの中で、イエスさまという光があなたを照らすのです。私たちは、その光のぬくもりに包まれるのです。

クリスマスは、イエスさまの誕生日です。イエスさまは光として、私たちの前に現れた。それは、これから先どこに行っても、どんな時にも、イエスさまはあなたと一緒におられるという約束です。

月は太陽の光を反射して、夜に私たちを照らします。あなたもまた月のように、イエスさまの光を反射し、誰かを照らし、温めていくことでしょう。

その出発であるクリスマスを、一緒にお祝いしたいのです。

「望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。アーメン」

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