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  • jelcnogata
  • Apr 28, 2019
  • 7 min read

ルカによる福音書24章13-35節

24:13 ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、 24:14 この一切の出来事について話し合っていた。 24:15 話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。 24:16 しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。 24:17 イエスは、「歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか」と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった。 24:18 その一人のクレオパという人が答えた。「エルサレムに滞在していながら、この数日そこで起こったことを、あなただけはご存じなかったのですか。」 24:19 イエスが、「どんなことですか」と言われると、二人は言った。「ナザレのイエスのことです。この方は、神と民全体の前で、行いにも言葉にも力のある預言者でした。 24:20 それなのに、わたしたちの祭司長たちや議員たちは、死刑にするため引き渡して、十字架につけてしまったのです。 24:21 わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。しかも、そのことがあってから、もう今日で三日目になります。 24:22 ところが、仲間の婦人たちがわたしたちを驚かせました。婦人たちは朝早く墓へ行きましたが、 24:23 遺体を見つけずに戻って来ました。そして、天使たちが現れ、『イエスは生きておられる』と告げたと言うのです。 24:24 仲間の者が何人か墓へ行ってみたのですが、婦人たちが言ったとおりで、あの方は見当たりませんでした。」 24:25 そこで、イエスは言われた。「ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、 24:26 メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。」 24:27 そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された。 24:28 一行は目指す村に近づいたが、イエスはなおも先へ行こうとされる様子だった。 24:29 二人が、「一緒にお泊まりください。そろそろ夕方になりますし、もう日も傾いていますから」と言って、無理に引き止めたので、イエスは共に泊まるため家に入られた。 24:30 一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。 24:31 すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった。 24:32 二人は、「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか」と語り合った。 24:33 そして、時を移さず出発して、エルサレムに戻ってみると、十一人とその仲間が集まって、 24:34 本当に主は復活して、シモンに現れたと言っていた。 24:35 二人も、道で起こったことや、パンを裂いてくださったときにイエスだと分かった次第を話した。

私たちの父なる神と主イエス・キリスト(「救い主」という意味の称号)から、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

本日の内容では、墓に葬ったはずのイエスの遺体が消えた日に、ある行動を起こした二人の弟子について語られています。一人の名はクレオパであり、もう一方の名前は明かされていません。弟子と聴くと、まず12人を思い出しますが、他にも弟子はたくさん居ました。12弟子(使徒)ではない、二人の弟子の物語です。

「ちょうどこの日、二人の弟子が、エルサレムから六十スタディオン離れたエマオという村へ向かって歩きながら、この一切の出来事について話し合っていた」(ルカ24:13,14)。

イエスが十字架にかけられて死に、墓に葬られてから3日目。二人の弟子たちは、神殿があり、イエスが死なれた場所でもある町エルサレムを離れ、エマオ村へと出発しました。

その日の朝、二人は仲間の婦人たちから、「墓の中が空っぽであり、そこに現れた二人の御使いが、『あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ』(6)と言っていた。」と、聞いていました。しかし、「たわ言のように思われたので、婦人たちを信じなかった」(11)使徒たちと同じように、彼らも婦人たちの言葉を本気にしなかった。「仲間の者が何人か墓へ行って」(24)実際に、空っぽの墓を確認しても、二人はイエスの復活を信じることはできなかったようです。

三日が経つと、もはやイエスの死を疑う者はいなくなったことでしょう。弟子たちの中にはエルサレムに残り、家に集まって礼拝する者たちがいましたが、二人の弟子は別の村に行くことを選びました。

「話し合い論じ合っていると、イエス御自身が近づいて来て、一緒に歩き始められた。しかし、二人の目は遮られていて、イエスだとは分からなかった。イエスは、『歩きながら、やり取りしているその話は何のことですか』と言われた。二人は暗い顔をして立ち止まった」(24:15-17)。

二人は、突然話しかけてきた旅人が、エルサレムでの騒動を知らないことに驚きつつも、一連の出来事と殺された人物のことを説明しました。そして、彼らは言いました。「わたしたちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました。」(21)と。

指導者イエスを亡くした深い悲しみ、皆を率いて期待させたにもかかわらず夢半ばで処刑されてしまったイエスへの失望。二人の暗い顔の理由は明らかにされてはいませんが、彼らは旅に出た。つまり、他の弟子たちとは関わりのない人生を、彼らは選んだというです。

しかし、御自身の正体に気づかずに話をする二人に対して、キリストは言われました。

「『ああ、物分かりが悪く、心が鈍く預言者たちの言ったことすべてを信じられない者たち、メシアはこういう苦しみを受けて、栄光に入るはずだったのではないか。』そして、モーセとすべての預言者から始めて、聖書全体にわたり、御自分について書かれていることを説明された」(24:25-27)。〔メシア(ヘブライ語)=油注がれた者(王に即位する者)の意、転じて「救い主(ギリシャ語ではキリスト)」〕

キリストの語られる「栄光」とは何でしょうか。どうやら、表彰台で金メダルをさげ、皆に称賛されるようなものではないようです。

人には多くの願いがあります。現状を良くしたい、なくしたものを取り戻したい。人は、あらゆる苦痛からより遠い場所に、安らぎを見るのではないでしょうか。

一方、キリストは「苦しみを受けて、栄光に入る」と言われるのです。イエスの時代より600年ほど前に書かれた『旧約聖書』には、イエスの十字架の出来事を思い起こさせる内容が記されています。

「彼は軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている。彼はわたしたちに顔を隠し/わたしたちは彼を軽蔑し、無視していた。彼が担ったのはわたしたちの病/彼が負ったのはわたしたちの痛みであった……彼が刺し貫かれたのは/わたしたちの背きのためであり/彼が打ち砕かれたのは/わたしたちの咎のためであった。彼の受けた懲らしめによって/わたしたちに平和が与えられ/彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。……病に苦しむこの人を打ち砕こうと主は望まれ/彼は自らを償いの献げ物とした。彼は、子孫が末永く続くのを見る。主の望まれることは/彼の手によって成し遂げられる。彼は自らの苦しみの実りを見/それを知って満足する。わたしの僕は、多くの人が正しい者とされるために/彼らの罪を自ら負った。それゆえ、わたしは多くの人を彼の取り分とし/彼は戦利品としておびただしい人を受ける。彼が自らをなげうち、死んで/罪人のひとりに数えられたからだ。多くの人の過ちを担い/背いた者のために執り成しをしたのは/この人であった」(イザヤ53:3-5,10-12)。

神はイエスを苦しみの極みに立たされた。しかしイエス・キリストは、その時にこそ栄光を受ける。「自らの苦しみの実りを見/それを知って満足する。」ここに、栄光の逆転が起こされるのです。

二人の弟子たちは、さらに先に進もうとする旅人を引き止め、一緒に宿泊させました。後に、「わたしたちの心は燃えていた」(32)と表現されているように、彼らは旅人として共に歩まれたキリストの話をもっと聴きたかったからです。

「一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目が開け、イエスだと分かったが、その姿は見えなくなった」(24:30,31)。

この時、二人は「時を移さず出発して、エルサレムに戻っ」た(33)とあります。復活されたキリストとの再会が、そして、そこでの関わりの中で語られた言葉が、彼らを180度異なる方向へと押し出したのです。

私たちにとって、救い主とはどのような方でしょうか。世の中では、多くの宗教により、力ある神々が宣べ伝えられています。

しかし、「軽蔑され、人々に見捨てられ/多くの痛みを負い、病を知っている」イエス・キリストに、私たちは救いを見る。弱く、傷つかれた方だからこそ、復活された今、私たちの苦しさを、傷を、悲しみを共に、その身に背負ってくださるのだと信じるのです。

望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。アーメン

 
 
 

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