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今、備える

  • jelcnogata
  • Nov 20, 2016
  • 7 min read

ルカによる福音書21章5-19節

21:5 ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。 21:6 「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」 21:7 そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」 21:8 イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。 21:9 戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」 21:10 そして更に、言われた。「民は民に、国は国に敵対して立ち上がる。 21:11 そして、大きな地震があり、方々に飢饉や疫病が起こり、恐ろしい現象や著しい徴が天に現れる。 21:12 しかし、これらのことがすべて起こる前に、人々はあなたがたに手を下して迫害し、会堂や牢に引き渡し、わたしの名のために王や総督の前に引っ張って行く。 21:13 それはあなたがたにとって証しをする機会となる。 21:14 だから、前もって弁明の準備をするまいと、心に決めなさい。 21:15 どんな反対者でも、対抗も反論もできないような言葉と知恵を、わたしがあなたがたに授けるからである。 21:16 あなたがたは親、兄弟、親族、友人にまで裏切られる。中には殺される者もいる。 21:17 また、わたしの名のために、あなたがたはすべての人に憎まれる。 21:18 しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。 21:19 忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい。」

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

先週、この世の生のみを重要視するサドカイ派と、死の先にある復活と永遠の命ばかりに関心を向けるファリサイ派に対して、主イエスは御言葉を語られました。

“神は死を超えた先でも、一人ひとりに伴われる方である”と証しされていることから、主イエスも復活信仰に立たれていることが分かります。しかしながら、ファリサイ派のように、先ばかりを見てこの世での命をおろそかにするのではなく、“与えられている生の中で、神と人とを大切にするように”と言われます。

ただお独り神の御許から来られ、先に待つ出来事をご存じである主イエスは、不確かな未来の想像を正当化し、派閥間で批判し合う者たちへと、この世の常識や価値観が神の国では適用されないことを告げられ、“生きている今、自らの努力に目を向けるのではなく、恵みを与えられる神に心を向けることが大切である”と、招かれたのです。

私たちは、主イエスの御言葉を通して、神の御姿と出会います。次の瞬間さえ何が起こるか分からないならば、主イエスの指し示された通り、神の御心に立つ者とされたい。“その歩みに伴う”との主の約束に信頼しつつ、与えられている命の中で、主と共に新たな一歩を踏み出したいのです。

さて、本日の御言葉でも、主イエスは私たちの未だ見ぬ先について語っておられます。科学が進歩しようとも、未来を確実に知る方法は見つかりません。証明できないものは信じにくい現代社会にあって、復活や神の国、いずれ来たる終末について理解することは難しいですが、主イエスの語られる御言葉より聴いてまいります。

ガリラヤからユダヤ地方に歩まれた主イエスは、神殿に立ち寄られました。ルカ福音書20章から、神殿でのサドカイ派やファリサイ派との問答や、彼らの守る律法に対しての御言葉について記されています。

続く21章では、神殿の立派な装飾について話す者たちの会話を聞かれた主イエスが、彼らへと「神殿の崩壊」を告げられた出来事から語り始められます。

「そこで、彼らはイエスに尋ねた。『先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。』イエスは言われた。『惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、「わたしがそれだ」とか、「時が近づいた」とか言うが、ついて行ってはならない。戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである』」(21:7-9)。

目前にそびえ立つ神殿を前に崩壊を語る噂の人イエスに対し、人々は聞き流さずに、その時期と兆しについて問いました。すると、主イエスはエルサエム神殿の崩壊についてではなく、この世の終末について語り始められたのです。確かに、この後紀元70年のユダヤ戦争で、エルサレム神殿はローマ帝国によって壊され、儀式や巡礼を行う信仰生活の中心を失った人々は、予期せぬ出来事に大きな衝撃を受けることとなります。

しかし、主イエスはエルサレム神殿についてのみ語られたのではなく、この世界という更に大きな視点に立ち、終わりの時が来ることを告げておられるのです。十字架と復活を経て、御自身が天に帰られた後、“自分がイエスだ”と名乗る者や終末を語る者が出てこようとも、また、戦争や暴動などが起こり、世界の終わりを連想しようとも、人が終わりの時を見分けることは出来ないのだと言われます。

すぐ後の御言葉で、国同士の対立、地震、疫病、迫害、分裂など、終末の徴が語られます。古い石碑には過去に起こった大災害について記されていたり、現在、日本の至る場所に活断層があることが分かっています。「こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである」と、主イエスが語られるとおり、この地球に生きる以上、悲惨な出来事や災害はいつ起こるか分からなくとも、それらと向き合っていかければならないのです。それを見て、“神の審きだ、終末が近づいているのだ”と語ることのないように、主イエスは「惑わされないように気をつけなさい」と、真っ先に教えておられます。終末の出来事とは、そのように私たちが判断するものではなく、神が定められるものであることを覚えたいのです。

「しかし、あなたがたの髪の毛の一本も決してなくならない。忍耐によって、あなたがたは命をかち取りなさい」(21:18,19)。

誰であろうとも、生きる上で突如として災難にみまわれることがありますし、多くの国があり、多様な考えを持つ者が生活する以上、互いの間に敵意が生まれることもあるでしょう。また、宗教の違いや国ごとの法による常識の違いによって、現在に至るまで戦争が絶えず行われてきことも知っています。

ルカ福音書の著者であるルカは、ギリシャ人のキリスト者であり、医者として使徒パウロの宣教の旅に伴った人物です。パウロ自身から、かつて彼が行ってきたキリスト者への迫害について聞いていたでしょうし、彼自身、外国人としても、キリスト者としても、ユダヤ人や同胞であるギリシャ人から批難されることがあったに違いありません。また、後に皇帝を礼拝しなければ殺される状況にも置かれたでしょうから、キリスト者として生きることの困難さと向き合いつつ、歩んだ人物と言えましょう。それゆえ、“神の定められる終末に至るまで、いかなる困難な状況や悲惨さの中でも、キリスト者の髪の毛一本さえ、神の御手から失われることがないのだ”と言われた主イエスの御言葉を、ここにはっきりと記しています。主イエスに従って生きようとも、迫害によって仲間が殺され、自らの命も脅かされる者たちにとって、この御言葉はいかに力強く響いたことでしょう。

時代や背景は異なりますが、私たちも生きることの困難さを感じながらも耐えなければならないことがあり、自らの力ではどうすることも出来ない状況下に置かれることもあります。深い悲しみによって打ちひしがれ、時間を巻き戻したいと思っても叶わず、希望が見えなくなるときもあります。

しかし、主イエスはこの世の終末を語られます。決して、災害によって人類が滅ぼされることの予言ではありません。この世の終末が来ようとも、神はその先に神の国を備えられているのです。すなわち、神はこの世のはじまりよりも先に在り、この世の終わりの後にもおられる。そして、そこに一人ひとりが受け入れられるという約束を、主イエスは語っておられるのです。私たちの髪の毛一本までも徹底的に数えておられる神が、これまでも、これからも、死の先でさえも、また、この世界が終わりを迎えようとも、私たちを引き受け、共にいてくださる。そうであるならば、私たちは終わりの時を恐れて“神の審きだ”と叫ぶ必要はなく、いずれ私たちを神の国の住まいに迎え入れてくださる主に伴われている真実を携えつつ、生かされる者とされるのです。未だ見ぬ先について理解することが難しくとも、私たちを生かしてくださる主に信頼し、主イエスが指し示された永遠に在られる神へと心を向けたい、愛の神と呼ばれる方の用意された終末へと、今、備えたいのです。

望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。アーメン

 
 
 

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