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全身全霊

マルコによる福音書 12章28-34節

◆最も重要な掟 12:28 彼らの議論を聞いていた一人の律法学者が進み出、イエスが立派にお答えになったのを見て、尋ねた。「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」 12:29 イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。 12:30 心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 12:31 第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」 12:32 律法学者はイエスに言った。「先生、おっしゃるとおりです。『神は唯一である。ほかに神はない』とおっしゃったのは、本当です。 12:33 そして、『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する』ということは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています。」 12:34 イエスは律法学者が適切な答えをしたのを見て、「あなたは、神の国から遠くない」と言われた。もはや、あえて質問する者はなかった。

私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安とが、あなたがたにあるように。アーメン

先週、私たちは召天者記念礼拝を過ごし、命について考える時が与えられました。人は人生の「初め」と「終わり」を、「生」と「死」と呼びます。しかしながら、人は神と人々に、生れる前から喜ばれ、死してなお覚えられていくのです。そうであるならば、人の「命」とは、生と死の期間以上に永いものとして捉えることができるのではないでしょうか。信仰によって、生と死という人の知りうる範囲に留まらず、神さまが約束される「永遠の命」に属する者とされるのです。死という節目に神さまから預かった命をお返しし、再び神さまの命と一つにされる時、死の壁を越え、私たちは真に神さまの内に生き続ける者とされると聖書は語ります。

「信仰」についても、同様に考えることができます。信仰とは、人の努力の結晶であったり、学びと共に大きくなりうるものなのか。また、個々人が所有し、他者と比べられるようなものでしょうか。いいえ、私たちは聖書の御言葉や信仰者と出会うことによって、また、礼拝に参加しなければ、神さまの存在を知ることはなかったでしょう。私たちそれぞれが生まれる前から、信仰の歴史と営みは在って、信仰の先人たちを通して伝えられてきたからこそ、私たちの間にも信仰が芽生え、養われることとなったのです。信仰は個々人の内に在るものではなく、私たちの間にあるものです。私たちは信仰の一部分を担い、私たちの後にもそれは受け継がれ、後の世の人々の間に在り続けていくのです。神さまの語られる永遠の長さ、広さ、深さに驚かされるばかりです。

私たちは、神さまによってこの命を与えられ、先に天に召された方々から信仰を受け継ぎました。今、この神さまが関わっておられる大きな一つの流れの中を生かされていることを噛み締めつつ、御言葉に聞いていきたいのです。

「彼らの議論を聞いていた一人の律法学者が進み出、イエスが立派にお答えになったのを見て、尋ねた。『あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか』」(マルコ12:28)。

御言葉の舞台は、エルサレムです。いかに周囲の町でギリシャ風の文化が華やいでいこうとも、当時のユダヤ人たちにとって、エルサレムは“神さまが自分たちに与えてくださった土地”であり、“約束の救い主が訪れる”と言われていた聖なる都、伝統と信仰の中心でした。建てられた神殿には、年に1度は巡礼する習わしであったため、祭りの度に多くの人々が集いました。そこでは、ファリサイ派やサドカイ派、ヘロデ派と呼ばれる指導者たちも滞在していたようです。

さて、主イエスがエルサレムの会堂で教えておられた際、それを見ていた宗教指導者たちは、評判の高いイエスを試そうと議論を持ちかけました。そこで、主イエスは、その問いの一つひとつを神さまの御心を告げることによって、答えていかれました。

本日の御言葉では、そのやり取りを見ていた一人の律法学者が主イエスのもとに進み出て、「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか」と、質問をした出来事が語られています。聖書には数多くの掟が記されていますから、指導者たちはそれぞれ、掟に優先順位をつけていたようです。彼は、尊敬に値するイエスという人物が重要視する掟を知りたいと思ったのでしょうか。

「イエスはお答えになった。『第一の掟は、これである。「イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」第二の掟は、これである。「隣人を自分のように愛しなさい。」この二つにまさる掟はほかにない』」(12:29-31)。

主イエスは、数多くある掟の内、最も重要なものは何かと尋ねられた時、2つの掟を挙げられました。“全身全霊(心、精神、思い、力)をもって、唯一の主を愛しなさい。”そして、“隣人を自分のように愛しなさい”と。この2つは、分かつことのできない掟として教えられています。すなわち、主イエスは、指導者たちのように優先順位をつけて、片方をないがしろにするようなことはなさらないのです。

新約の時代、律法学者たちの関心は、“神さまによって天国に迎え入れてもらえるように生きる”というところにありました。“律法を守り、罪という傷がない清い者でなければ救われない”と考えていたのです。また、サドカイ派と呼ばれる人々は、犠牲をささげることによって罪は白紙に戻され清くなると考えており、罪を洗い流していただくための巡礼を勧めていました。派閥によって内容は異なりますが、“人の行動が救いを左右する”という面では共通していました。彼らの根底には、“自分が救われるため”という願いがあり、それに至るために律法と向き合っていたのです。律法を守れない者、献金額が少ない者、犠牲の動物をささげられない者の罪は残り、救いの枠組みから排除されてしまう。神さまを愛することを優先するあまり、彼らは弱さを持つ人々をないがしろにするような生き方を選んでいたことを知らされます。そして、自ら的外れな選択をする行為が、人を神さまの御心から遠ざけるのです。

主イエスはそのように自らの願いに土台を据える人々へと、そのような生き方では果たすことのできない2つの掟を示し、御自身と共に歩む道へと招かれたのです。

では、どのように掟を果たそうかと優先順位をつけて考えていた彼らが、主イエスの語られる2つの神さまからの掟を果たすには、どうすればよいのでしょうか。

私の通っていた農業高校には、建学の精神がありました。「神を愛し、人を愛し、土を愛する」というものです。“何をするにしても、行動の根底にはこの三愛精神が流れているのだ”と、教えられたことを思い起こします。

“唯一の神を愛し、隣人を愛する”ためには、この2つの掟を“どのように同時に果たすのか”を考えるのではなく、“それを語られた神さまの御心に立つ”必要があるのです。すなわち、この御心に土台を据え、生きるということです。

「律法学者はイエスに言った。『先生、おっしゃるとおりです。「神は唯一である。ほかに神はない」とおっしゃったのは、本当です。そして、「心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する」ということは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています。』イエスは律法学者が適切な答えをしたのを見て、『あなたは、神の国から遠くない』と言われた。もはや、あえて質問する者はなかった」(12:32-34)。

主イエスに質問をした律法学者は、聖書を引用しつつ、主イエスの御言葉に賛同しました。これに対し、主イエスは、「あなたは、神の国から遠くない」と、慰めと祝福をもってお答えになりました。

ガリラヤにて宣教の初めに、主イエスは、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(1:15)と告げられました。人々は、神の国の到来という驚くべき福音を聞きながらも、神さまの御心に立つことを心得ず、なおも自ら立とうとする苦しい道を選択していたのです。自らの力に信頼して挫折し、努力しても救いを手にできず、神さまの存在をさらに遠く感じてしまうのです。人が人の上に立ち、痛みが癒されないままで看過ごされる世にあって、主イエスは、再び神さまの御心に立ち返る道を示しておられます。

「あなたは、神の国から遠くない」とは、自らの頑なさによって立ち往生する者に対して、御国の方から歩み寄るとの告知です。掟は果たすべきものではなく、根ざすもの。縛るべきものではなく、すでに神さまとの関わりがあることのしるしです。

私たちは神を愛し、人を愛するという御言葉を聴いています。これを行おうと意気込む時、この掟が重荷となり、果たせない自分自身に落胆することもあるでしょう。しかし、方向を変えて思い直す時、神の国の訪れという福音により、人が神さまから愛されていること、それゆえに人からも尊ばれる者として形づくられたことに気づかされます。神さまと人とに大切にされるべき存在として創られた者は、その御心に立つ者でもあります。その道が人には険しくとも、主イエスは私たちのもとに来られました。主と共に神の国は訪れたのです。神の国は、その愛によってこの世界へと広められます。私たちが、その広がりの一部分を担う者とされていることを覚えつつ、神さまの御心に根差して歩んでいきたいのです。

望みの神が、信仰からくるあらゆる喜びと平安とをあなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを望みにあふれさせてくださるように。アーメン

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